黒い罠

eupketcha2009-11-08

Touch of Evil 1958アメリカ 
監督・脚本 オーソン・ウェルズ 
チャールトン・ヘストン ジャネット・リー オーソン・ウェルズ マリーネ・ディートリッヒ
音楽 ヘンリー・マンシーニ

オーソン・ウェルズと言えば、市民ケーンではなくて実はこちらという方も多い、カルト映画「黒い罠」を観た。冒頭いきなり4分弱の長回しに、ああこれがサスペンスだ!と強烈なパンチをお見舞いされて以降、かなり複雑怪奇な映画構造と、様々な技巧に魅了され続けつつ、ストーリーはなんだかよくわかんないんだけれども、善悪の戦いの終結と、マリーネ・ディートリッヒの憂い顔にカタルシスが到来してしまうという、本当に映画のための映画と言った感の強い非常に「素晴らしい」映画だった。観客から見放されたのもよくわかるし、ヌーヴェルバーグの監督たちが盛り上がったのもよくわかる。まさにカルトだね。

オーソン・ウェルズ肥えたなと思ったんだけども、これは虚構で、特殊メイクと詰め物らしい。この頃はまだ痩せてて、このあと本当に太ってしまった。映画は案の定惨敗し、またまたウェルズは理解されないままヨーロッパに活動を移すことになる。

映画を観てふと僕が思ったは、映画のサスペンスを発明したのはひょっとするとウェルズであったのかもしれないという妄想だ。古くから長回しだけでなく、照明の使い方に異様なこだわりを見せ、フィルムノワールの基本形を実は開発し、発表してきたのではなかったか。

ただ彼はちょっと上品さに欠けるところがあって、例えばクローズアップを結構多用するのだが、これは今ひとつ巧くないなと思ってしまう。この近すぎる距離感が、妙な笑いこそ誘え、サスペンス性が奪われている気がしないでもないのだ。そこらへんはやはり気品の要素も付け加え、観客の心もつかみつつ完全にジャンルを確立していったヒッチコックは要領がよかった。「ジャネットリー」は黒い罠よりも「サイコ」の方が輝いている。

この映画はどちらかと言うと、ジャネットよりもマリーネが、およそメキシコの荒野にいるとは思えない艶めかしさで、わずか数シーンしか登場しないながら映画をさらう。後年彼女は人生最高の演技とまで語っているという。ラストのシークエンスに畳みかける緊張感と幕切れ、そしてマリーネの憂いの眼。ここ数日頭から離れない。