映画を渇望するあまりの辛い夏、『市民ケーン』

eupketcha2009-08-23

最近はストレスが溜まるとさあ今日は帰って映画観ようみたいな、OL的発想に陥るあまりに、『レッドクリフ』だの『ハムナプトラ』だのと言った、いかにもOLたちの好みそうな(偏見か?)ムービーに思わず手が伸びながら、「待てよ」と冷静なシネフィル気取りの自分に声をかけられる。ふと我に帰って、その手を止め、はていい映画とは何だったろうかと、かつての情熱の褪せた悲しみに思いを巡らせながら、いつの間にか微睡んでいる。

NEWSWEEKの映画300本という特集が、さも助け船のようにコンビニエンスストアに陳列されているのを目敏くも見つけた私は、これこそはパンドラの函であろうかはと、明らかに過剰な期待を膨らませて、普段雑誌なぞ買いもしないくせに、金にものを言わせてみたのだが、その内容は「新しいベスト」を掲げながら、特に目新しいとは思えなかった。(少なくともデ・パルマファントム・オブ・パラダイスがベスト1だった、十数年前の映画秘宝誌の人の人生の狂わせ具合にかなうものではない。)この映画はだめで、この映画はいいと言った二元的な、取捨選択的な、ノアの箱船的な、選民思想的な感じが、僕はどうしても気に入らない。だからと言って、このランキングはダメで、このランキングはいい何て言ったら僕のやっていることも同じことだ。こうしてまた自己嫌悪である。

再び雑誌に目をやれば結局ランクインされているのは相変わらずの『市民ケーン』なのだ。僕にとってオーソン・ウェルズは、ぴあ誌などの広告に時折現れる怪しい英語口座の宣伝マンとしてのイメージしかかつてはなかった。彼が映画人であったと気づかせてくれたのは、大学1年の冬学期に受けた映画論の授業で、この『市民ケーン』が上映されたことによる。僕は駒場の一教室の小さな画面を食い入るようにみつめ、これがオーソン・ウェルズの仕事なんだ、26歳の若い男の仕事なんだとおののいた。おののいたのだが、どういうわけか、また私はそのまま微睡んでしまい、いつの間にか映画は終わっていた。一体Rose Budとは何だったのか?僕にとってそれは謎でありつづけた。

その後、僕は『市民ケーン』を避け続ける。TSUTAYAで借りたんだけども返済期限までに観ることができずそのまま返すなんていうこともあった。色々なタイミングも悪かったのだろうが、今思えば、どうも自分の少し年齢が上の人が達成した凄い仕事に目を背けたかったような節がある。自分はその年齢に達して何か出来るんだろうかと嫉妬と焦りを覚えるかもしれないことを多いに畏れていたようだ。のかもしれない。

27歳になり、『市民ケーン』を撮った当時のオーソンウェルズを1歳、年齢として越えてしまった私は、変な畏れは吹っ切れた。だって過ぎてしまったものはしょうがないよ、僕に出来ない物は出来ないんだから。NEWSWEEKを読んで、みんなそんなにほめているなら、見てやろうじゃないか。僕は再びTSUTAYAに向かう。

映画は確かに素晴らしいものだった。ケーンの長大で複雑な人生をここまで端的に、かつ面白くまとめあげた才能はたぐいまれだ。この当時にして革新的なカメラアングル、動き、照明。だが、あれもやってやろうこれもやってやろうというような貪欲な撮影によって、決して映画自体を底上げしているとは思えないと感じられるシーンもあった。もっと時間をかけた方がいいようなシーンも、彼は貪欲に短く流すのだ。オーソンウェルズもまだまだ若いなと暗闇でほくそ笑みつつ、そんな自分に悲しくなる27歳の夏の夜なのであった。もうウェルズには勝ちようもない。リングにすら乗っていない。

ウェルズはしかし、若き天才を認められぬまま、むしろ怪優として地位を獲得したのち、謎の英語講座の宣伝をしつつこの世を去ることになる。この夏はオーソンウェルズを追いかけることとした。次回、『偉大なるアンバーソン家の人々』。