硫黄島からの帰還

たまたまサークルの先輩に『硫黄島からの手紙』(イーストウッド)の大学内試写会の誘いをもらい、観に行きました。
その二日前に予習として『父親たちの星条旗』(イーストウッド)も観ました。
どっちも珍しく大勢の人たちを誘ったのです。
大勢連れて来てねと頼まれたせいもありますが、イーストウッドの映画をみんなに紹介できるなんて光栄な機会だと思いました。
しかし、結論から言ってこの二部作は二部作ともに僕の紹介したかったイーストウッド映画に分類するのは非常に微妙だと思いました。
なんというか、いまだにイーストウッド論をきちんとまとめた人は誰もいないと思うのですが、もし誰かがまとめようとしたときに、この二部作の処理に困るだろうなと心配してしまいました。
強いて言えば、『父親たちの星条旗』の最初と最後の30分くらいが僕の紹介したかったイーストウッド映画で、あとの三時間三十分くらいは違う人の映画を見ているかのようでした。
なんなんだろうな、この感覚は。
色々考えてみました。

ポール・ハギスのせいか


『クラッシュ』(クローネンバーグではない)の監督でもある脚本のポール・ハギスは『ミリオンダラー・ベイビー』で一躍有名になった脚本家です。
『ミリオン〜』はいいとして、『クラッシュ』の脚本は、個人的にどうしても好きなれませんでした。
群衆劇なので、大勢の人が出て来て、色んな事件が起きる。
こういうプロットを聞いただけで僕なんかは血湧き肉が踊る感じになってしまうんですが、実際の映画を観るとこれが意外につまらない。
なぜつまらなく感じるのかと考えてみると、どのエピソードも「人種差別」というテーマにあまりに直結しすぎている気がするからなんだと思いあたりました。
黒人が差別警官に捕まるエピソードとか、アラブ系の人が白人社会に馴染めなかったりするエピソードとか、どれもこれもテーマのためだけに存在しているような、リアリティのないエピソードの羅列に感じられたんです。
どんなに人が出て来ても、どんなに新しいエピソードが出て来ても、いつもそういう調子で、例外なく「人種ってなんなんだろうね」的な感想を残させたいのが見え見えの教育的なオチがついている。
じゃあなんで1つのエピソードで見せないんだと思って醒めてしまうわけです。


同様のことがこの二部作にもそっくりそのまま起こっていた気がします。
あんなに登場人物がいるのにオチ(しかもそのオチが両作品ともタイトルでばれている)があまり1つに収斂してしまっていて、それぞれのエピソードに個性が感じられないと思いました。
つまり、もう少し別な感情で戦争体験する人たち、しかも同情しうるくらいの主要なキャラクターがいればいいのになと思いました。
まあこれは批判ではなくて僕の個人的な脚本の好みの問題なのですが。

アカデミーレース依存説

これだけ脚本にケチをつけておいて何ですが、本当は映画の世界に脚本がいいとか悪いとかはないと思っていて、どう演出するかという問題にしか興味を持たないスタンスで映画を観たいんです。
そういう観点では、どんな脚本でもいつもきっちりと撮っている印象のあるイーストウッドの演出が、今回はなぜか冴えていなかったという話に持って行かざるを得ません。
戦争映画というのは演出に制限をかけるものだということなのかもしれません。
あるいは、よりもっともらしいと思うのですが、きっちりとこの二部作を撮るにはあまりに時間が足りなさすぎたのではないかという気がしなくもない。


そもそも『硫黄島〜』は日本人の監督が撮るよう調整していたという話を聞きます。
リミットぎりぎりでイーストウッドが日本側もやるということになったらしい。
ところが二本作るにしても、納期が年内というのは変わらなかったのです。
なぜならば、アカデミーレースに間に合わないから。


こういった手合いの映画はアカデミーレースに間に合わなければつまり今年の12月中に公開させないとワーナーやドリームワークスは商売に困るんでしょう、きっと。
何としても間に合わせなくてはいけなかったに違いない。
そしてあれだけの人間が関わる映画を、まったく違うキャストで、本来は一本にかけるはずの時間で、二本撮らなければいけなかったとしたら、その撮影現場は文字通り「戦場」であっただろう。
プロデューサー(スピルバーグ?)に急かされながら、あまり満足しないうちに二本の映画をあくせくとっていく、哀れなイーストウッド76歳の姿が眼に浮かばなくもない。

邪推はこれくらいにして


まあしかし、『父親〜』の最初30分くらいと最後30分くらいはイーストウッド映画にしばしば感じるカットの連なりのうまさと、絶妙なカメラの動きと、人物の陰影の輝きがあってとても興奮しました。
硫黄島〜』はイーストウッドじゃない誰かが撮ったものとして観ると、ああいったシーンがひたすら波状攻撃のように続くという、歌舞伎にも通じるような、異様さがかなり面白かった。
なんというか、好きとか嫌いとか言ってられないパワーを感じました。
あ、最後にやっぱ二宮くんは「最高」でしたよ。いや、本当に。着物や軍服の似合わないっぷりとか、大変素晴らしかったです。「やっぱあんた最高だよ!」