倫敦から来た男

eupketcha2010-01-17


長回しはまさに映画の魔。一つの事件を時間の切れ目なくつぶさに眺めるという、ある意味究極的な擬似傍観の悪夢的体験に魅了される監督は世界各国枚挙にいとまがないが、ハンガリーと言えばタルベーラである。『ヴェルクマイスター・ハーモニー』以来の新作が遂にイメージフォーラムで昨年より公開中。やっと観ることが出来た。
やはりという感じであるが、冒頭「裏窓」的巻き込まれ感覚から始まって、全編淀みなくいぶし銀の長回しに魅せられた。フィルムは相当上質らしく、上映中に事故が起きる可能性があるなどと注釈が出ていた。くすんだような白と黒とグラデーションのコントラストが美しく、よくわからないが、成る程上質らしい。俳優たちはおそらく前作同様に監督によってその場でカメラを観ながら指示を出されているために、声は全部アフレコであり、これがまた独特の異様な空間を作り上げている。
長回しファンにはいたって満足な映画であるが、一般的にどうかと言うと話は別である。あまりにも単調なリズムでの物語の進行、全てが長回しのためにあるのではないかという大いなる疑問はタルベーラ映画を観るときに、その間延びした長回しの所々で、自分の頭の中に差し込んでくる別の悪魔のようなものだ。本作は誰も悪くないがみんな悪い的な、大団円に見せかけた悲劇的な、何とも言えない突拍子のない終わり方をし、逆にこの悪魔が頭をもたげてきてしまった。以前の彼からすればかなり小作といった印象で『ヴェルクマイスター・ハーモニー』のときの鯨の目に思わず涙してしまうような、「長回しの勝利」的感動はなかったようだ。ただ、最近観る映画の半分くらいに出ている気がするティルダスウィントンが、怒号をひたすらに浴びせかけたあとに、もうどうでもよくなったかのような感じでしかし愛情を残しつつ子を払いのけるような仕草をするシークエンスが、絶妙に映画の均衡を与えているようであり、僕の中でこの映画のハイライトとなった。