青森から来た男

ウロの実習で、「朝鮮総連」と「靖国神社」に近いので、警官がうようよと警戒している某T 病院へ行きました。


部長は青森から来た男でした。というか漢って感じです。医者にしとくのはもったいないというか、心配です。ふたことめには「馬鹿やろう、馬鹿お前、お前本当馬鹿」と言われます。あとは「×○△□■」何言ってるかわかりません。ただ大体「だはははっは」と最後に笑って終わっているので、機嫌を損ねたわけではないようです。
よかった。


患者さんがだらだらと不定愁訴を並べようものなら「知らねえよ、もういいよ」と怒ります。訴訟を恐れて説明過多になっている医者ばかりの今の世でこれはすごい。ある意味あっぱれです。


ほとんどの患者さんは部屋に入った瞬間に終わります。
「変化無いですね?」
「はい…」
「帰っていいですよ。九月くらいに来て」


疲れてきたので休憩です。
「来い」と一言。私は黙ってついて行きます。
「院長に紹介してやる。」
(え、まじですか?)

院長室で

「院長いるか」
秘書「おります」
「院長、今度うちに実習に来た奴だ」
院長「あーよく来たね」
私「どうもよろしくお願いします。」
院長「二週間くらいいるの?」
私「いえ、三日です。」
院長「えっ、三日しかいないの?」
私「すいません」(要は院長は何も知らないんだと気づく)
院長「(沈黙)」
私「(沈黙)」
院長「あ、じゃあ頑張って」
私「あ、はい。」

気づくと部長は消えていた

両者なぜ今しゃべっているかわからない院長室の気まずさから逃げ出すと、部長の姿がすたすたと遥か廊下の向こうの暗がりに消えて行きます。院長室のある管理棟は、病棟と違って経費削減のためそこら中で電気が消され、薄暗い。(ちなみに母体はあの最近民営化の決まったあれです。)かつては病棟にも使われていたその建物は迷路のように入り組んでいました。
「部長、待ってくださ−い」
部長「もう終わったか。院長喜んでただろう!」
私「あ、はい。」
部長「俺は煙草吸うから、お前適当にしてろ。」
私「はあ」

医局には一升瓶

案の定、こういう人は酒が大好きです。もちろん酒は日本酒です。実習が終わると有無を言わさず、医局には一升瓶が用意されています。いつのまに買いにいったのでしょうか。
「まあ飲め、まきのすけ」
いつの間にかまきのすけになっています。
五時半にスタートしたが、六時半には一升ほとんど二人であけました。
私は苦しかったのですが、部長は上機嫌です。
「あほのすけ、おめぇなかなか飲むな」
いつのまにかあほのすけにまで落ちてしまいました。
「気にすんな。おれなんかよ、ばかのすけだから、だはははは」

日本の医療はきっと

こういう絵に描いたようなばかのすけ先生に支えられてきました。大先生は腎移植を大量に成功させてきた名医であることを忘れてはいけません。大先生に今更、インフォームドコンセントがどうとか、セカンドオピニオンがどうとか言っても「うるせえ、めんどくせえ。適当でいいよそんなものは」と一蹴されるでしょう。糾弾しているのではありません。実際のところめんどくさいんです。

ぐでんぐでんに酔っぱらう

結局、医局飲みは一升瓶あけて終了。医局員を引き連れて魚屋へ二次会です。私も部長もすでにふらふらです。
「おい、お前、実習なんか来るんじゃねえ」
「じゃあ明日行かなくてもいいですか?」
「おー来るな!」
「じゃあ行きません。」
ぐでんぐでんに酔っぱらったが、その甲斐はありました。部長は上機嫌のまま「おっかねえかあちゃん」のもとに帰って行きました。

薄れいく記憶の中で

そのあと若い医局員二名に介抱してもらいました。いつのまにか、知らない街の知らない飲み屋で知らない看護師さんと飲んでいました。妙に腕の奇麗な看護師さんでした。今度海外に行くとか言ってました。

翌日もうけものの一日で、私は大相撲春場所十一日目を朝から堪能し、夜はお能を見に行きました。医者になるまであと十ヶ月と半月。