ティム・バートン似の男について2

eupketcha2006-04-29

ティム・バートン似の男は名前をラズといった。彼はゲイで、シゾで、僕が訪米初にしゃべったアメリカ人で、アメリカだった。少なくとも全裸だった。サンタモニカのユースホステル、正午、二月一日。


疲れていたし、ましてや馴れない土地である。だからラズのそのあられのない姿を見たときもよく状況が飲み込めなかった。さて、これがアメリカなんだろうか。


「やあ」「やあ」
「日本人か」「そうだ」
「僕はともだちに会いに日本に行った事があるよ。」「そう?」
「そう」「ふうん」
「たしかSAITAMAってところだ。」「どうだった?」
「よかったよ」「そう?」
「そうそう」


ラズはへらへらとした感じでしゃべった。繰り返すが僕は疲れていた。


(そうだ電話しなくては)
着いたらドクターNに電話する予定だった。宿の位置を伝え、明日迎えにきてもらえる約束だ。電話しながら、ラズを観察した。ラズも僕を観察した。


この部屋にはベッドが6つある、いわゆるドーミトリータイプ。鞄の様子からも他に宿泊客がいるのは間違いなかったが、その時間は僕とこの全裸男しかいないというシチュエーションだ。30前半だと見立てる。小太りで背が高い。お世辞にも体格がいいという風ではない。ラズは電話する私の日本語に聞きしれているような顔つきをしてじっとこちらを見つめている。(いや、じっとではない。手は子供のように、プライベートな部分と戯れている!)ドクターNとしゃべりながら、幾分か冷静さを取り戻してきた私は、背筋が寒くなってきた。


読み誤ったのは、この男が出不精だろうとふんだことだ。平日の昼間っから全裸でユースホステルで寝っ転がっているようなぐうたらだ。外に出かけるつもりは今日はないんじゃないだろうか。


「ちょっと出掛けるよ」「案内するよ」ラズは全裸で答えた
「いいよ、大丈夫だよ、ガイドブックもあるし」「どこに行くの?」
ダウンタウン」「それならウィルシャー通りを行くバスに乗るといいよ。」
「ありがとう、バス停はどこにあるの?」「案内するよ」


意外にラズは行動的である。あからさまに変な物を積み上げているロッカーの中から、なぜか何着もあるYシャツやら下着やら靴下やらをとりだし、とりあえす体裁は整えてくれた。バス停までは実際少しわかりにくくなっていて、ラズがいないとたどり着けなかったかもしれない。前をのそのそと歩く、このティムバートン似の、おそらくゲイで、おそらくシゾで、十分前まで全裸で僕の前に立ち尽くしたこの男だけが、この広いLAで僕が頼りにできる唯一なのかと思うと、ちょっとめまいがした。


「ありがとう、バス停を教えてくれて。もう大丈夫」
「僕もダウンタウンに行くよー、暇だし。」


つづく