最近のこと

4・5月を麻酔科で過ごして、6・7月を循環器内科で過ごして、今は病理部に来た。循環器内科は非常に忙しかったのだけれども、麻酔科と同様、循環動態作動薬を慎重かつ大胆に使用し、患者の血行動態を一瞬の内に変動させ、(たとえ短期的であったとしても)回復せしめるという仕事のシンプルさかつプロフェッショナルな感じは非常に心地よかった。何より眼前の患者が、全身循環動態が多少乱れていたとしてもさして動揺しないという、精神の落ち着きを得られたのは医師として大きな進歩であったと思う。だが、一方で臨床家たるもの、如何に「労働基準法」という言葉に対して「鈍感」でいるべきかを痛感させられる日々でもあった。日本で一番くらい循環器内科の医師がいるかと思われるこの大学病院ですら、これほどまでになすべき(雑用を含めた)仕事が山積みとなっており、その上からさらに仕事がとめどなく降ってくるような状況である。3年目4年目の医師ならいざ知らず、10年、11年のレベルの医師ですら、病院に22 時、23時といった時間まで病院にいるのは決して不思議ではない光景であるし、彼らは大概翌朝7時半くらいに病棟に現れている。

医師の仕事は実は結構シンプル、「体力さえあればなんとかなる」と言う先生もいた。医師の不足解消も、コメディカルのサポート強化も、いずれも大事な政策として、「頑張ればいいんだよ」的なマッチョな医師の意識改革も大事だと思う。折角当直制度をしっかり整えようとしていたどこかの病院でも上級医が「我々の若い頃は違った」的な発言をして立ち消えになったりしているというニュースも聞く。確かにあなた方の若かりし頃の頑張りは素晴らしいし、我々はもっとしょぼいところでへこたれているように映るかもしれないが、医師が雑用で過労になって、場合によっては死んだり、あるいは医療ミスを犯すというようなことこそしょぼいことではなんじゃないか。こういったことを未然に防ぐには、まずみんなが適当に休むということ、そのためにはその筋骨隆々とした体育会系的空気をまず何とかすることこそ「現代的」であり、「リーズナブル」なはずではなかろうか。

しかし、まわりを見ると、みんな徐々に精神力と体力を培い、マッチョになってきている。(元からそんな感じの人もいるが)経験に裏打ちされた責任感というやつですか、「私がやらなければ」「これぐらいできなきゃ」。みんな熱くて、眩しくて、格好いい若手医師ばかりだ。結局のところ、臨床家たるのもマッチョなるべし、ならざるものは逆に変なストレスを感じて苦労するだけというのが真理なのかもしれない。僕の「リーズナブル」に見える精神は、所詮しょぼくれたエゴ以外の何ものでもないのかもしれない。臨床は非常に楽しいし、やりがいがあるのであるが、結局職場に流れる、その熱っぽい雰囲気に僕は慣れない。

病理に来て思うのは、全くもって汗臭くない事である。やっぱこういった人種はこういったセクションに来るべきなのかもしれないのかと思う。顕微鏡覗いたりとか、画像を見てうんうん言ったりとか、解剖したりとか。夢破れて夏って感じですか。いや、そんなでもないか。