げかのせんせい

うちの病院では「げかのせんせい」という言葉が一人歩きしています。研修医の仕事の1つは、げかのせんせいのご機嫌をとること。げかのせんせいが病棟に現れようものならすかさず近づいて「よろしくお願いします!」腰を大きく曲げて一礼。手術が無事終わったら再び深々と一礼「ありがとうございました!」決して失礼があってはいけません。これ大切です。

今日は失敗しました。げかのせんせいに簡単な手術をお願いしたのですが、術中せんせいがあまりに汗をかかれるので、看護師さんが思案して、タオルをせんせいの前にかざします。げかのせんせいは手は清潔ですからおでこを上手くタオルにあてて、顔をゆっくり左から右へ、右から左へと動かして汗をぬぐいます。その動きだけでも十分コミカルですが、さらにタオルが眼鏡にあたってずれてしまいます。思わず口元がゆるむと、目ざとくげかのせんせいは私の表情の変化に気付かれ、ご機嫌を害してしまいました。まったく研修医として失格です。

げかのせんせいに限らず、研修医はCTよろしくお願いしますと放射線科のせんせいに頭を下げ、もう少しICUにいさせてくださいと麻酔科のせんせいに頭を下げ、入力が遅くなってすいませんと看護師さんに頭を下げ、先生が外来で遅れていますと患者さんに頭を下げ、下げ、下げ、下げ。

ふと頭を上げると新宿御苑が見えるのです。平日の昼間というのに、のんびりと御苑で過ごす人々が見えるのです。あそこに戻る事が出来るだろうかと、ふっと考えた十二秒後には、また頭を下げているのです。「お疲れ様でした!」